奥井識仁(おくい・ひさひと)(よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック院長)先生の論文を紹介します。
運動をするとCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)にならない?
前立腺がんの患者さんがCRPCにならないためには、どうすればよいのでしょうか。
私は15年以上前から、運動がリスクを下げるのではないかと考えていました。
それを裏付ける論文が、11年にハーバード大学から発表されました。
その研究によると、1週間に3時間以上、ランニング、水泳、テニスといった激しい運動をした人は、1時間未満の人と比べて、前立腺がんによる死亡リスクが61%低いというのです。
また、ハーバード大学の別の研究者たちが11年に発表した論文でも、運動が前立腺がんを抑制することが報告されています。
その研究によると、週3時間未満「楽なペースの散歩」をした人がCRPCになるリスクを1.0とした場合、週3時間以上「早歩きの散歩」をした人のリスクは0.43倍になるといいます。
これらの運動について考えてみましょう。
60代前半の男性は1時間で7~8km走ることができます。
3時間の運動なら21~24km。1カ月(30日)では、90~102kmです。
日常生活での運動量を加えると、1週間に3時間の激しい運動をする人は、1カ月に100~120kmの運動をしていることになります。
また、60代前半の男性は1時間早歩きをすると、5~6km歩けます。
週3時間だと15~18km、1カ月では64~77kmに当たります。日常生活での運動量を加えると、週3時間早歩きをする人は1カ月に90~110kmの運動をしていることになります。
前立腺がん死を防ぐ1カ月の移動距離は?
私も18年、Juntendo Medical Journalに、前立腺がんによる死亡が運動によって抑えられるという論文を発表しました。
102人の前立腺がんの患者さん(平均74.8歳)について、前立腺がんと告知してからの8年間について調べてみました。どの患者さんも、すでに手術できるような状態でなく、ホルモン療法をしています。
みなさん高齢で、1時間ランニングするような運動はできませんから、暇があれば万歩計を付けて外出し、少しずつでも早歩きをしていただくよう指導しました。
すると、1カ月120km以上歩いた患者さんと120km未満の患者さんが、ちょうど51人ずつに分かれました。
図1を見てください。左側のグラフは、「総死亡率」を表しています。
総死亡率とは、ある集団の中で亡くなった人の割合を示し、前立腺がんだけでなく、脳梗塞(こうそく)、胃がん、心筋梗塞などさまざまな死亡原因が含まれます。
8年間で48人が亡くなったのですが、120km以上の早歩きをしているグループは31%(16人)、それ未満の人は63%(32人)でした。
120km以上の早歩きをしているグループは、総死亡率が低いことが分かります。
右側のグラフは前立腺がんによる死亡率を表しています。
120km以上の早歩きをしているグループには前立腺がんによる死亡者はいませんでした。
一方で120km未満の患者さんは39%(20人)が前立腺がんで亡くなりました。
運動はCRPCも予防する
さらに、120km以上の運動がCRPCを予防することも分かりました。
図2は血液中のPSA濃度を表しています。
PSAは「前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen)」のことで、前立腺が作り出すたんぱく質です。
PSAは、がんのない人では4.0ng/mL未満なのですが、がんが発生すると前立腺の組織が壊れ、PSAが血液中に流れ出すために濃度が上がります。
大変わかりやすいので、前立腺がんのマーカーとして検診で使われます。
120km以上の早歩きをしている患者さんが濃い青色の線、120km未満が薄い青色の線です。
どちらのグループも、前立腺がんが発見されたときは高値です。
ホルモン療法をすると1年で大きく下がり、ほぼ0.1ng/mL前後になっていることが分かります。
前述のように、ホルモン療法を継続していると、やがてホルモン療法が効かなくなりCRPCになります。
そうすると、ホルモン療法によって一度下がったPSAが再び上昇してきます。
再上昇はだいたい数年後から始まります。
図2を見ると、120km以上のグループは、PSAの再上昇が起きていません。
運動は、CRPCも予防することが分かります。
運動が前立腺がんを抑える理由
運動が前立腺がんの進行抑制に効果があることは明らかになったのですが、そのメカニズムは分かりません。
可能性としては、運動によってテストステロンが筋肉に使われてしまうことが考えられます。
以前「『月間200km超ラン』が健康に良くない理由」で、マラソンの練習量に合わせてテストステロンが増減するというお話をしました。
太ももを使うような運動をすると筋肉がテストステロンを必要とするため、前立腺がんが使う分が残らないのだと思われます。
運動と前立腺がんの関係については、これから、いろいろな研究者が新しい知見を出してくれるでしょう。
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